山本宮剣神社の1つで、神社の裏にある大きな「塔岩」を御神体としています。巨大な岩は、圧倒されるような存在感です。
「天地一切の悪縁を断ち現世最高の良縁を結ぶ」パワースポットとしても知られ、ご利益を得るために参拝する人は少なくありません。
神社を少し下ったところには、御神石の根本から湧き出る御神水が存在。名水百選にも選ばれており、「病気を治す若返りの水」としても知られています。
剣山本宮剣神社の中で山頂に最も近い標高1930mのところにある神社です。神社の裏には神が降臨する依代(よりしろ)である3mもの巨大な磐座(いわくら)があり、安徳天皇の宝剣を納めた岩、契約の箱を納めた岩など諸説あります。
毎年7月17日の例祭日以降の日曜日に例大祭が催され、磐座のある2000m近い山頂を目指し神輿渡御が行われます。通常、神輿は山に降臨した神を麓に下ろす儀式にも関わらず、山頂(磐座)を目指すのには、何か意味があるのでしょうか…。
断崖絶壁の露頭岩に食い込むようにして建つ神社。幅約100m、高さ約30mもある巨大な一枚岩がそそり立つ様には、誰もが息を飲み圧倒される凄さ。また、周囲には、板状の列石が50mにも渡って続き、神社を抱くように並んでいます。
「金鶏の風穴」と「方向の風穴」と呼ばれる岩の裂け目があります。風穴を奥に進んでいくと、金鶏の像があるのではないか、また、剣山へと続いているのではないか、など諸説言い伝えがあります。山奥に佇む神秘的で摩訶不思議な神社の空間は、古代から祭祀の場となっていたとも考えられます。
岩場に隠れた天照大神を祈りと歌によって導き出したと伝えられる「天の岩戸」の日本神話。ここは、まさに、神話で描かれた風景がよみがえったかのような場所として知られています。
大きな岩石が所々に顔をのぞかせる山の斜面を登っていくと、奥社の前に、一枚の巨大な岩が舞台のように設置されている空間が広がってきます。この石舞台で、天照大神のための神楽が舞われたと言われています。
巨大岩の周辺は、不思議な磁場があるのか、羅針盤を置くとハリがくるくると回り続けるという伝説も残されています。神話と重なる地形には霊感迫る空気が流れます。
700年頃の白鳳時代に創建された立光寺の跡地です。これまでの発掘調査で、塔跡、金堂跡や寺域が判明しており、塔と金堂を東西に並べた法起寺式伽藍配置であることが明らかとなっています。寺は、法隆寺にも匹敵する圧倒的な大きさだったと言われていますが、ここを誰が造ったか、主要な人物は誰だったかなど、いまだに謎が多い場所でもあります。心柱跡の形体などから県内で最も古い寺院であったとみられます。美馬市天然記念物にも指定されているイチョウの巨樹も季節になると黄色い葉を見事に繁らせて、一般の人々を楽しませてくれます。
その名のとおり、町の一角に大きな寺が集まっている寺町。寺から寺へと歩いて散策できる町並みには、ミニ古都の面影が漂っています。
枯山水の庭園が美しい「願勝寺」、大きな朱塗りの山門から別名・赤門寺として親しまれている「安楽寺」、格式のある風情の「西教寺」、菊の花が庭を彩る「林照寺」など、いずれのお寺も立派で風格があります。
この寺町一帯からは、剣山がよく見えます。もしかすると、聖地への入り口だったのかもしれません…
三木家は、太古から天皇即位の儀式「大嘗祭」で着用する「麁服(あらたえ)」を「御衣(みぞ)御殿人(あらかんど)」として献上してきた一族。大正、昭和、平成にも麁服を献上し、重要な役割を果たしてきました。母屋はどっしりとした茅葺き屋根の寄棟造りで江戸時代の初期に建てられたものと推測されています。徳島県で最古の民家として国の重要文化財にも指定された家屋は、現在も28代目にあたる子孫が守り続けています。住宅横には資料館も設置され、一族の歴史も見学できます。